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【中学卒業からの海外留学】について。僕は軽い気持ちでした。

  最近、東京海上日動のCMで、海外留学の内容のがやってますね  

 

担任の先生「海外留学はしないということでいんですね?」  

 

 

母親「はい」  

 

担任の先生「いいんだね?」  

 

 

女子高生の女の子 「はい」  

 

・・・・  

 

父親「軽い気持ちで言ってるなら、そんなに甘くないぞ!」  

 

女子高生の女の子「わかってるよ、そんなこと」  

 

ていう内容

 

   ・・・

 

軽い気持ちで留学してすみませんでした!!!!

 

 僕はCMの様な高校を卒業してではないけど、中学卒業してからオーストラリアの高校へ留学しました  

前から英語が好きってわけじゃなく、本当に軽い気持ちで海外留学しました  

 

でも、海外留学して帰国してから早10年以上経ちますが、その軽い気持ちがとても大事だったと今でも思います  

 

そんなこんなで、今回は海外留学へ行くまでのお話をしたいと思う  

そもそも


そもそも僕は英語が大の嫌いでした   中学一年生の時に、外国の先生が営んでた英会話教室へ通ったけど、わけわからなく3ヶ月でリタイヤ  

 

日本人なんだから日本語喋れればいいんだよ!  

 

と、テストでもろくな点数を取ったことがない僕は成績もいつも下の上  

中学3年間、英語の成績は、5段階評価で(5が一番良い)3を取ったことがあるのは2-3回ぐらいで、残り全ては「2」でした  

 

本当に英語が嫌いで  

 

This?That?There?なにそれ美味しいの?   というレベルでした  

悩める中学生への3者面談


高校進学の3者面談があった時、僕は実家から自転車で5分の高校を第一志望校にしていました  

 

ゲームを覚えるのは早くても、勉強が全くできなかった僕は2年生半ばぐらいから   嫌々勉強するようになりました  

 

でも、やはり嫌いなもの、興味ない物は右から左に受け流す体質の僕なので全く頭に入ってきませんでした  

 

ただ社会は好きで、その頃三国志のゲームにはまってて歴史はすぐ覚えれることに気づきました  

 

 

そうすると、社会だけ点数が毎回平均点が85-90点取れるようになりましたが、その他の科目が壊滅的な数字になっていました  

それもあり、3者面談時には  

 

「無理だ」  

 

と言われたのは今でも忘れません  

 

「今の成績じゃ無理だから、違う高校へ受験した方が良い」と言われそれが悔しく、僕は頑固な為、第一志望の高校を変えず必死に勉強しました

 

高校受験結果発表


春 今まで頑張った結果が形にでる、合格発表   僕は第一志望の高校へ来てました  

 

しかも、その日は  

 

僕の誕生日  

 

「高校側も僕の誕生日って知って合格にしてくれないかな~。うふふ」  

 

みたいな感じで、受験番号が書いてある板の前に立ちました    

 

・・・・    

 

ゴシゴシ(目を)  

 

あれ?ない   あれ?   不合格でした  

 

目の前が真っ暗でした  

帰宅


家に帰ってから自分の部屋に引きこもり、お腹が空いて家族がいる食卓へつきました  

両親も空気読んでか  

 

「残念だったね」  

 

と言うだけで、淡々と食事をしていました  

 

ある時、母親が   「

 

留学してみる?」  

 

と言ってきました   僕には姉が一人いて、その頃姉はオーストラリアの高校に留学していました

 

ただ姉は僕とは正反対に英語もある程度話せて、海外が行きたくて留学してました  

 

この母の発言に初めは悩みました  

 

ご飯を食べテレビをみて30分後  

 

僕は母にこう伝えました  

 

「じゃあ、行ってみようかな~」

 

  今思うと、じゃあってなんだよ、ゴルァって感じますけど。笑  

 

今後の進路をテレビ見てた30分で決めてしまいました  

単純な答え


 

「じゃあ、行ってみようかな~」と発言した理由は、東京海上日動父親

 

「軽い気持ちで言ってるなら、そんなに甘くないぞ!」  

 

と怒られそうですが、至って簡単な理由  

 

みんなと違うことがしたいから」  

 

ただこれだけです  

 

英語の成績は悪かろうがその頃は  

 

どこどこの私立の高校行くよりは海外の高校行った方がかっちょええ!  

 

としか思っていませんでした  

 

それから、国内にある海外留学のエージェントを探し留学へ向けて動き出しました  

留学するまでの期間


中学校の卒業式を終え、4月になり皆は高校に入学。そして僕は自宅にいました  

 

留学する国はオーストラリア、日程は5月と決まり急いでスーツケースを買ってもらったり 変圧器も買ったりで急ピッチで買い揃えていきました  

 

残り1ヶ月にしか日本にいないとう実感が沸かないまま日々過ごしており  

 

「ま、なんとかなるでしょ」と思いながら  

 

「将来、僕も英語ペラペラかー」などと甘い考えをしておりました  

海外留学出発当日


出発当日、僕は両親の運転で成田空港に向かってました  

 

ちょっと旅行へ行く気分で家を出ました  

 

高速道路を走り 、 家を出て1時間が過ぎ、2時間が過ぎ  

 

僕はだんだん不安になってきました  

 

英語話せないし、大丈夫かな。生きていけるかな。どうしよう  

 

と、だんだん海外に行くことが怖くなってきました  

 

不安になってきた僕  

 

行ってみようかな~なんて言わなければよかったと後悔した15歳でした  

 

成田空港に着く手前では、ラジオで小渕恵三元首相の訃報が入ってきて、更に帰りたさMAXでした  

 

しかし、成田空港についてからは諦めモードに切り替わり、いつものように

 

  なんとかなる  

 

とおもい、両親の不安な顔をよそに  

 

行ってきます  

と、笑顔で手を振りゲートをくぐりました  

 

オーストラリアでの約4年間の生活


オーストラリアでの生活は楽しかったです。

 

そりゃつらいことも沢山ありました  

 

僕はオーストラリアにあるゴールドコースト(GoldCoast)にある高校へ約1年行き その後違う高校へ転校しました  

 

ゴールドコーストにある高校は、初めインターナショナルハウスといって 外国人、要はオーストラリア以外の国の人たちが集められ勉強する場所に通いました  

 

ここは、日本人、韓国人、中国人、台湾人、タイ人がほとんどでした

 

勿論休み時間や学校が終わってからは、自分の国の人たちと集まるので英語なんて覚えませんでした  

 

その中で、僕は一人の日本人ととても仲が悪く、喧嘩の毎日  

 

ホームシックになりましたが、そいつと話したくないため僕は中国人の友達とつるむようになりました  

 

そのお陰で英語を少しづつ覚えるようになり、今となっては嫌いな日本人と喧嘩して良かったと思ってます  

 

それ以降そいつと絡むことはなくなりましたが、たまに喧嘩をしかけてきましたが返り討ちにしてやりました  

転校


  ここにいては留学した意味がないと思い、転校をしました  

 

Yeppoonという田舎町で信号が一つもない所です  

 

電車も1日1本というレベル   超ど田舎です ▲Yeppoonの街並み  

 

このど田舎の高校で僕は英語を学び、オーストラリアに来て1年がたって  

 

初めてオーストラリア人の友達ができました  

 

楽しかったけど、苦しかったのもあります   田舎町だけあって、日本人への人種差別があり、町を歩いてるだけで知らない人に悪口を言われる時もありました。物を盗まれるのも毎日でした。  

 

 

でも、それ以上に楽しいこともいっぱいでした。  

 

友達とバカしてあそんだり、映画みたり海で泳いだり、スケボーを教えてもらったりすごい楽しい経験でした  

 

 

Yeppoonという町に来て、本当に自分は精神的に強くなったと思いました  

 

 

今まで言えなかった事が言えるようになり、嫌なら嫌でNOという ハッキリすることが大事だと学びました  

 

自分の信念は貫き通せば、いずれ道が開かれるものだと確信したからです  

まとめ


 日本に帰国してからは、母親に顔をみるや否や  

 

「大人になったね」  

 

と言ってきました  

 

自分でも大人になったなーという感じでした  

 

僕は海外留学という経験から様々な事を学びました  

 

軽い気持ちで海外留学した、僕でさえもいっぱいオーストラリアの友達ができ 中学英語で万年「2」の成績だった僕も英語を話せるようになったし 普通の人では味わえない経験ができたと思います

 

本当に両親には感謝してます  

 

お金の面や一人で留学するという不安など大変だった中、いつでも応援してくれて感謝の気持ちでいっぱいです  

 

東京海上日動のCMのお父さんの「軽い気持ちで言ってるなら、そんなに甘くないぞ!」というセリフは心配だからそう言ってるのは分かりますが、僕はその意見はハッキリ  

 

違う  

 

と言います

 

  実際は本当に甘くないです。生活は辛いです  

 

でも、それで本当に海外を行くきっかけを潰すこともありえます(CMでは結果留学してますが)

 

行ってみないと分からない、やってみないと分からない  

 

僕は今でもあの軽い気持ちで判断してなければ絶対オーストラリアに行っていないと思います  

 

勢いでオーストラリアに行っても過言ではありません  

 

軽い気持ちで行きましたが、それでも負けず色々勉強することができたので今の自分がいると思っています  

 

行きたいって言ってるなら、行かせてあげましょうよ、お父さん もし僕の娘が大きくなって海外に行きたいって言ったら行かせます  

 

人として素晴らしい経験を積むことができるので!    

 

オーストラリアの生活の話はだいぶ端折りましたが、また今度記事に書きたいと思います!  

 

おわり!